99.11.04

感銘句紹介

おもひのままに

轍 郁摩


山廬集より


炭売の娘のあつき手に触りけり  飯田蛇笏

名句であるか堂々たる立句であるかなど一切問題ではない。「え!  あの蛇笏がこんな句を・・・」という驚きから、たちまち蛇笏が愛す べき人間として身近に感じられたのである。「俳句に名前は不必要、 読人知らずでも名句は名句」と私は考えている。しかしながら、俳句 と俳号が一体化して予期せぬ膨らみを醸し出す佳句が存在する。 「くろがね」や「芋の露」や「竈火」の冷厳たる蛇笏が、こともあろ うに乙女の手に触れるとは何事、しかも熱き手を感じるとは不届千万。 敬愛してやまなかった蛇笏に対する既成概念を崩した一句ゆえ、深奥 に潜込み、予期せぬ瞬間に脳裏をかすめ去る。きっと私は、この炭売 の娘に恋をしているに違いない。大正十二年作。
鷹1999年11月号より

物として拾ひし桐の一葉かな   藤田湘子

一句には拾った瞬間しか描きとめられていない。しかし、「物として」 みつめた湘子の視線を通して、秋櫻子、虚子へと遡る時間が流れ出し、 悠久の自然のいとなみへの畏怖と祈りが感じられる。削るより、黙る ことによって名句が生まれると納得。平成十一年作。


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