1990.04

五感の扉

轍 郁摩

おごそかに五感の扉開くとき歌は心に死を告げざらむ

宇と宙の虚しからざる揺籃に幾度たましひ遊ばせたるや

極小と極大の差のたわいなさ宇宙柵ここより崩る

剥奪の名残りの力あるべかり陽光に入り鷲見失ふ

天河暴発の危機せまりつつも相貌の肉弛める悲哀

沈丁花の香は庭々を満たしをり世は事もなく破滅へ向かふ

一国にはてあることの哀しけれエピゴーネンの屍越えよと

春の夜の雨聴くわれの心底に焔の剣の旋転(まは)る音せり

惜しむべし無傷の五体繋がりて刃の味を知らざる不惑

優しさを求むをみなよ征野なきいくさに漢まなこ老いたり

枯れがれの声に年寄るここちして無血革命さびしからずや

額(ぬか)の痣あざやかなるを夜毎見むツンドラの地の春はつかのま

悪夢にて呼ばれし名前わが名にあらず旧約伝に『蜻蛉(アキツ)』ゐたるや

視野検査とてふと詩歌暗黒の瓦礫を見たり 白点動く

死を唄ふ歌を最期の政治犯 冬オリオンは傾ぶきたるぞ


■ TANKAのページへ

■ Grapein-O のホームページへ


Copyright & copy 1998 Ikuma Wadachi. All rights reserved.
Ikuma Wadachi